ミミズ腫れと内臓と君と愛と命と誓いと。

【それでもぼくが目を覚まし、今日も起きる。そんなわけは。】

 

 

こんばんは。

ライターのたけるです。

今夜の投稿は前回のノンフィクション連載の続きです。

なぜ、ここまでして動物に関わろうとするのか。

とある子猫のイノベーター理論。一人の人生を動かした一匹の子猫は今天国で。

よかったらお付き合いください。

 

 

 

 

怒りと

悲しみと

苦しみと

嘆きと

抑えきれない情動と

耐えがたい罪悪感が、心臓を貫いた。

「きっと、きっとこの子は、最期に君と出会えて幸せだったと、思うよ。」

 

 

【第一章】
ミミズ腫れと内臓と君と愛と命と誓いと。

 

 

1時間目は物理の授業だった。
遅刻しまいと国道の一本脇をリズミカルに漕いでいく。
曇天の、少し肌寒くなってきたある朝だったと、覚えている。

 

もう思い出したくない朝。
でも思い出さずにはいられない朝。
たまに人に話す朝。
あんまり人に言いたくない朝。
話しても聞いても初めてでも2回目でも
目頭が熱くなる
朝。

 

白い塊が視界の端に映る。
ぼやけた像は、普通の人の脳には、「ただの白い何か」という信号しか送ることはない。
普通は、誰も気がつかない。
車が、自転車が、生き急ぐ朝の道路で
生き急ぎすぎた命が一つ震えていた。
白い何かは、視神経を伝わり、雨の日の出来事を呼び起こした。
それは、まるで当たり前のように猫だった。

 

身動きする。苦しさを具現化したかのように猫は動いた。
わなわなと体を震わせ、眼が空を掴む。
伸びきった足は筋肉と張りつめ
弱々しく身じろぎをした。

 

「考えるより先に体が動く」ってきっとこんな感じなんだろう。
漂流者が日付を刻むように、心臓にまた一つの傷を刻み、駆け寄った。
抱き留めた体には震えと体温が残ってた。

 

猫が腕の中でもがくように、もがいた。
周囲を見渡し、何かないかと
誰かいないかと
「助けてくれよ。」
世界を見渡したけど、
時間は残酷に車を流していく。

 

でも、そのとき、ふと光がともった。
開店前の動物病院が目の端に映ったんだ。
なぜ人は24時間働かないのだろう。
なぜ野良猫は治療してもらえないのだろう。
なぜ医療はビジネスなのだろう。
そんなしょうもないことを思っては、空しくインターホンを連打した。
すがりつく思いで。人差し指が痛かった。

 

ドアが開く。
くせ毛のスタッフが驚いたようにこちらを見ていたことを覚えている。
「あの!この子、轢かれてて。あ、でもまだ生きてて! 野良猫で、、、」
たどたどしく説明する。ろれつの回らない舌に言葉が間に合わない。
「野良猫が普通は診てもらえないのは知ってます。でも放っておけなくて、、、!」
絶望とかすかな希望を込めて訴えた。
戸惑った顔のスタッフの顔の後ろから、白衣の女性が覗いた。
華奢な体からは想像ができない力強い声で彼女は言った。
「今、準備するからちょっと待っててね。」

 

動物病院の待合室は変な匂いがする。
薬品と獣臭さが鼻をついた。
じっと待っていた。
バリバリと爪がセーターをかきむしる。
肌まで届いた爪は赤い線を残していく。
必死な顔で君は見上げていた。
声にならない痛みが、君の表情から伝わってきた。
言葉にならない苦しみが震えを伝って伝播した。

 

きみは暗闇におびえてた。
目の前に迫り来る虚空に。真っ暗な世界に。
すべてを受け止めるあの世の闇は静かにきみに滑りよっていった。
きみはおびえていた。
きっと、あの瞬間世界中の誰よりも
きみは「生きたい」って思ってた。
爪が傷を刻んでいく。

 

診療台へ連れて行かれた。
待合室で右手で左手を、左手で右手を抱きしめた。
額に押し当てた合掌のスキマから声を漏らした。
「神さま。もう連れて行かないで。」
無力と無力と無力と無力と
不甲斐なさと己の弱さを呪った。

 

数分とと感じられる時間は数分だった。
診察室から出てきた獣医さんはぽつりといった。
「手は尽くしたのだけれど、、、もう内臓がダメで、、、
ごめんなさい。」

 

まだかすかに息のあったきみが見つめてきた。
体が震えて、目が閉じた。

死んだ。

あっけない。

あっけない死。

あまりにもあっけないから

獣医さんの目を見つめることしかできなかった。

何年生きたのか知らないけど、
そこに確かにあった一つの命がなくなった。
失われてしまった。
名前なんて知らないけど
二度と繰り返されることのないひとつの営みが
終わってしまった。

 

不思議と頭は冷静だった。
なれたとか、そういうのじゃなかった。
でももうたくさんだと思った。
嫌だった。

 

「これから授業があるんです。16時頃には終わるので。必ず、必ず帰りに取りに来るので、それまで預かっていてもらえませんか。ちゃんと埋葬してあげたいので。」

 

無茶な願いだって分かってた。これから営業する動物病院。初めて会った学生。
帰りに寄る保証なんて何にもなかった。

 

でも見捨てたら焼却されるってことを知ってた。野良猫は生ゴミらしいから。
それは許せなかった。もうたくさんだった。嫌だった。

 

獣医さんは快諾してくれた。優しい獣医さんだった。
「必ず帰ります。」
そう言って、自転車に飛び乗った。

 

遅刻したことを物理の先生は咎めなかった。
「いいことしたね。」
そう呟いた先生にどこか救われたように感じたこともおぼえている。

 

獣医さんと君はちゃんとぼくを待ってた。
綺麗な死装束を身にまとってた。
目の奥が熱くて熱くてしかたなかった。

 

段ボールのそこには毛布が敷かれ
君はその上に静かに横たわっていた。
まるで眠っているように横たわっていた。

血糊は拭き取られ
まぶたはそっとおろされ
体を丸めた君はまるで眠っているかのように
待っていた。

枕元にはリボンで飾られた
キャットフードの贈り物が添えられて
「もう準備はできたよ」
まるでそういっているかのように。

 

無言で感情を消化しようとする17歳のぼくに
獣医さんは優しく声をかけた。

 

 

 

「この猫がどんな人生を生きたのか私たちは分からない。死にたくはなかったと思う。

ーーーただ、
この猫は、最期に君に出会えて幸せだったと私は思うよ。」

 

 

 

堪えていたすべてが崩れ落ちた。
涙袋の山を越えて、頬を伝った。

こんなにも、人は優しい言葉をかけることができるのか。
こんなにも、人は暖かい存在であれるのか。
こんなにも、人はかっこよくあれるのか。
美しくあれるのか。

 

 

「先生、ぼくの夢は、獣医になることなんです。」

気がつけば口が動いていた。

「獣医になって、たくさん命を救える人になりたいんです。この手で、苦しみを癒してやれるような人になりたいんです。もうこんな悲しい命が生まれないように。ぼくは獣医になりたいんです。」

先生は静かに微笑んで聞いていた。

 

 

毛布から埋めてあげることにした。
冬の冷たい土が霜をはやさないように。
しっかり土をかけてあげた。
春の陽気が土を暖めてあげられるように。
キャットフードの贈り物も一緒に添えてあげた。
あっちでは、美味しいものをたくさん食べられるように。
心を込めて埋葬してあげた。
ちっぽけな祈りが届くように。
ケイティ・ペリーのIf I die youngのメロディに載せながら
その歌詞を口ずさみながら。

 

 

 

 

ぼくは動物を守ることに
この生を捧げると墓碑の前に誓った。

 

 

 

 

If I die young bury me in satin
若くしてこの世を去ったら
Lay me down on a bed of roses
サテンの布にくるんで
バラで飾ったベッドに寝かせてから
Sink me in the river at dawn
夜が明ける頃、川岸に連れて行って
Send me away with the words of a love song
ラヴソングを歌いながら、川の中に葬ってください

Lord make me a rainbow, I’ll shine down on my mother
神様、どうか七色に輝く虹に姿を変えてください
She’ll know I’m safe with you when she stands under my colors, oh and
虹を見る母に自分は安らかに天国に召されたと伝えたいんです
Life ain’t always what you think it ought be, no
Ain’t even gray, but she buries her baby
人生には時として予想もしないことが起こります
母はまだ若い子どもを失いました
The sharp knife of a short life, well
この人生には突然幕が下りてしまったけど
I’ve had just enough time
でも後悔はしてません 十分生きたから

 

 

【文/たける】

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