生物系大学生、「保全」と「保護」を語る

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よく、動物の保護や保全について耳にしますが、ちゃんと意味を理解したうえで使い分けていますか?

僕自身もたまにややこしくなります(汗)

だって、どちらも「守る」という ニュアンスの基で成り立っている言葉だからです。

 

なので、僕自身の頭の整理のためで もありますが、良かったら一緒に意味を反芻してみませんか?ウシのように、ゆっくりと 考えたり、モノを何度も噛んで考えるのはけっこう重要だと思います。時間の無駄だとか、「生産性」が弱いなんて言わないでください。

「牛歩の歩み」や「単純作業」の積み重ねは 何事も確実に成長させるじゃないですか…と、前置きが長くなりましたが、良ければ最後 までお付き合いください。

ということで、動物を「守る」にあたってよく使われる「保護」と「保全」の単語の意味 についてお話しさせていただきますね。

 

「保護」

1 危険・破壊・困難などが及ばないように、かばい守ること。 「自国民を-する」 「自 然-」
2 身体的精神的機能や生活に必要な能力などが低下している者や未熟な者などについて、 その環境や他者による害悪また本人が自分を害する行為に対して、安全の確保、環境の調 整、また必要な援助の付与など、その者のためになるように取り計らうこと。 「青少年の-」 「行路病者の-」

3 生活保護法では、国が、生活に困窮する国民に対し、健康で文化的な最低限度の生活 の維持を保障し、その自立を助長すること。

類義語:防護、守る

(Weblio 辞典より)

「保全」

安全を保つこと。 類義語:整備、管理、維持

(Weblio 辞典より)

 

一旦、Weblio 辞典から引用させていただきましたが、「保全」についての項目が少ないですね…といった感じですので皆さんも「保全」について馴染みがないのでは?

そうですと、「保全」というものを考えたり、議論することが難しいのでは…というわけで、2つの違いについて話していきます。

 

 

まず、類義語に注目してください。「保護」には防護や守るといった動物へ直接に人の手が加わった意味合いですが、「保全」については整備や維持といった現状維持へのアプローチ に焦点が当たっている印象を受けるかと思います。

例えるならば、「動物×保護」ですと、動物病院が院内でミルクを与えたり、育て親などを探して動物へ即効的なケアを施すといったものです。

一方で、「動物×保全」ですと、動物が生きて行ける環境の整備のために外来種や天敵の排除や場合によっては動植物の導入(イエローストーン国立公園でのオオカミ導入)もあったりもします。長期的なケアという特徴があるかと思いますが、環境整備のため目に見えない動物も救える場合もあります。

 

さて、どちらが動物を救うのに優れていると思いますか?

「どちらも大事という答えにた どり着くのでは?」という邪推はさておいて、考えてみてください。

 

 

考えたら↓

 

 

 

というわけで、考えたことを踏まえて僕の意見を聞いてください。

 

「保護」について 「保護」は直接的な生かす技術だと思います。

人でいう病院のように、安全な場所で安静にしたり、治療したり、場合によっては隔離するなどでお互いの安全を守ったりもします。 また、「隔離」は感染症の拡散を止めるだけでなく、各国の動物園へ送る事で種の保存もできることから、医療行為以外の意味も含む場合があったりもします。しかも、これは技術を保存でき、再現性があるため進歩しています。

そのおかげで、医療以外でも受け入れるためや送る技術などその技術の向上のためなどで動物園は活躍しています。なので、子どもと行く場所やデートスポット以外での必要性を感じられるかと思いますので、ぜひ見てください。

 

しかし、進歩しても限界と思える部分があります。それは「受け入れ場所」です。いかに 救う手段が良くなっても、面倒を見られるケージの数には限りがあります。僕自身がよく 聞くのは雛が育つ夏前には野鳥の保護でいっぱいいっぱいになることが多いようです。ま た、場所だけでなく、人や予算にも限りがありますが、鳥獣を救うことはお金になりません。そんな「生産性」のないようなことを続けるのは補助がない限りは難しいと思います。

 

保護の良いところ:技術が向上しやすい、再現性がある、見せるなどの活用ができる

保護のここがダメ:管理できる数に限りがある、人が関与し続けなければならない

 

「保全」について

 

「保全」は生き物が生き続けられる環境を「維持」すること思います。環境を「作る」という意味ではないのがミソです。あとで書きますが、作れるほど生態系は甘くないことからなるべく人の力を入れないのが理想に思います。

というのも、杉林などの人工林よりも 木の不揃いな天然林やぼうぼうな草地の方が生き物が多く生きられ、生態系が豊かだからです。なので、荒地だからといってソーラーパネルを置いたり、耕してのうちにした方がいいワケではないです(経済的に潤うことがいいのか、多くの生き物が生きられる環境が 重要なのかは任せます)。

それで、いい生態系を作ろうとして失敗した話を紹介します。それは、外来種の導入を別の外来種を入れていいものを作り出そうとダメになったもので、代表例が沖縄です。毒蛇 のハブにより、沖縄の開拓が困難だったから、ハブを食べそうな動物としてマングースを 導入しました。しかし、マングースはハブを食べず、大人しいヤンバルクイナなどの動物を食べていきました。その結果、ヤンバルクイナの保護でも忙しいことにもなってしまい、てんやわんやです…といったものです。

 

上手くいった例もいくつかはありますが、保護と違い個体でなく環境というスケールが大きいだけに同じように上手くいくかは疑問があります。

 

また、グリーンアノールという外来種のトカゲのいる小笠原ですと、問題となっている彼 らを捕まえる際の粘着トラップ(ゴキブリホイホイをイメージしてください)には固有種のオガサワラヤモリも捕まることが多いようです。

なので、生態系が乱れたからといって 何かをすれば解決できるわけではないですし、良くしようとしても救うべき在来種にも危 険性が生まれてしまうわけです…そして、「保護」と同様にこちらも経済を動かす「生産性」 は弱いかと思います。

 

保全のここがイイ:絶滅を防ぐのに有効、人の力に依存していない、基本的に特に何もし ない=環境を1から作るなどの特に大きな仕事をしなくていい

保全のここがダメ:ヒトの介入が難しい、再現性がほぼない、結果が読めない、時間がかかりすぎる

 

まとめ

この2つは生き物を救う手段としてしばし耳にします。しかし、どちらも独自で動き続けるほどの力はありません。傷つけた生き物や環境を救うことはとても労力のいることですし、そのうえ治療に必要な薬品や手術にはふつう高い技術量が発生します。自分の傷は時 間が経てば元どおりに解決してくれるかと思いますが、乱れてしまった自然は今までの形を忘れて変わってしまいます。

変わってどうなるのかは分かりません、しかし分らないというところに怖さがあると思います。

モーリス・メーテルリンクという詩人で劇作家である彼の残した言葉の1つに「ミツバチ が絶滅すれば人類も滅亡する」というものがあります。聞いた時にはよくわかりませんで したが、ミツバチの減少から「作物の収穫率の低下」、それによって「家畜の肥育失敗」な どと食料問題に至っているようです。つまり、ミツバチは生態系において作物の豊穣に必要不可欠な生き物だったのです。彼らの絶滅は作物の不作に直結し、多くの生き物が飢えるかどうかのカギを握っていたのです。

 

これから起こる環境問題だけでなく、様々な問題のカギを握っているのはいったいダレでしょうか…

そんな動物を絶滅させないためにも生かす技術、そして生きる場所を守る心構えとして「保護」と「保全」について知っておくほうが良いのではないのでしょうか。

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